第8回 『現存地球惑星人の来歴』
シリーズ第7回に登場した太陽系第五惑星の崩壊は20万年前であり、そのとき自滅した不良惑星人の一部はアセンションに捲土重来を期して、再び現存地球人類として転生してきているが、この20万年よりはるかに遡る五千万年前の地球が今回(第8回)の舞台である。
【捲土重来:(けんどちょうらい)「捲土」は土煙をまきあげること。勢いの盛んなさま) 一度敗れたものが、再び勢いをもりかえしてくること。「―を期する」】【広辞苑】
優良惑星となって数百年の惑星から数万年、数十万年、数百万年と歴史を重ねて進化しつづける惑星まで、優良惑星といっても、その進化の度合いは様々である。しかし、優良惑星に位置付けられることに違いはなく、互いに技術、文化、人的交流が為され、互いの独自性と進化の度合いを尊重しながら、互いに向上しつつある。
不良惑星から優良惑星に昇格して歴史の浅い星では、己に内在する否定的想念を克服して不良惑星時代から艱難辛苦を乗り越えて輝かし優良惑星時代へと入った往時の難儀も忘れ、その暮らしが極めて平和のうちに快適であるが故に、極々僅かではあるが不良惑星当時の想念を抱き始める不心得者が現れることがある。
大抵はその惑星内において再教育が施され、優良惑星人として「社会復帰」するのであるが、程度の激しい場合は肉体を持ったまま又は転生して他の不良惑星に「収監」されることがある。
さて、三次元地球地上に初めて人類が登場するのは実に五千万年前に遡る。第五惑星が崩壊したのが20万年前というのも気が遠くなる時間だが、それを更に四千九百八十万年遡る宇宙的歴史の舞台である。
地球の生物学でもダーウィンの進化論にはやはり無理があるとして、唯物的生物学に疑念を差し挟む声があがってきてはいるが、一般的には未だに通念として多くの地球人がこれを信じているのが現状である。
地球の生物進化はダーウィンの進化論では、突然変異で生まれた種が偶然にもその環境に適しており、有利な立場にあったため繁殖し、そうでないものは滅び、現在の形に落ち着いているというものである。確かに生物の進化における形態変化には多様性があり、環境に合わせてその姿、機能を変化させ得る資質を持っている。
しかし、ダーウィン進化論のように唯物的機械論的進化論で多様性を語れば、羽の生えたカバが空を飛んだり、首の長いシマウマがいたり、時速200キロで走るトカゲがいてもいいことになる。
ありとあらゆる奇想天外な種が生まれ環境に適応できれば生き残り、そうでなければ滅んだとすれば、その奇想天外で多種多様な動物の化石が世界のあちらこちらで発見されるはずである。
なぜ長い牙の生えたコアラがいないのか、なぜ羽が生え、冬には海を渡るサルがいないのか、なぜ歯が生えそろって獲物を咀嚼する(噛み砕く)蛇がいないのか。
この疑問はなぜ現存地球人類にはミッシングリンクがあるのかという疑問と根底を同じくするのである。
【ミッシングリンク】
読んで字の如く失われたリンクである。
人類の祖先であるとされる有名なアウストラロピテクスと人類と猿の共通の祖先であるプロコンスルとの間には約1千万年の空白があり、プロコンスルとアウストラロピテクスを繋ぐ化石人類は見つかっていない。
つまりプロコンスルからアウストラロピテクスは直接繋がっておらず、アウストラロピテクスは突然のように史上に姿を現したかのように見えるのである。
実は突然現れたかのようなこの進化は、生命波動によりわずか数世代で起こったのである。
曽祖父からひ孫までの期間で、「似て非なるもの」へと一気に進化してしまったのである。
生命波動を盛んに受けて、波動の具現化である遺伝子が変異し、その結果生物として進化、変容したのである。
(次の関連サイトではこれをウィルスによるものとしているが、その真偽はさておき、人類のみならず惑星の生物進化はこの関連サイトの記述にあるように突然のように起こっている。『シードマスターの謎』)
このシリーズで度々述べてきたように、あらゆる存在の実質は潜象界の波動であり、その波動が具現化したものが、現象界である現界、霊界の物質や霊質である。
地球の科学でも量子論により物質の究極は物質ではないと徐々に明らかにされてきた。
この波動により支えられた物質であり霊質であるのだ。
つまり波動が変われば現象も変化するのだから、プロコンスルからアウストラロピテクスまでの進化を驚異的短期間で成し遂げ得るのである。これは進化というより、もはや「変身」「変化(へんげ)」と言ってよい。
生物の進化も例外ではない。
その系の進化は親星である恒星から発せられる波動により司られている。
地球惑星の場合、太陽からの大中小様々なサイクルの組み合わせで、段階的に生物進化が促されるよう波動が高められて来たことは過去の記事で既述した通りである。恐竜が滅んだのも波動の段階的上昇により不要な生物となり、その生物の中でそれまで生存体験を積んだ魂は、進化して現れた生物として転生を繰り返してきたのである。
こうして地球惑星誕生以来、植物の進化にともない、魚類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類各種と動物の進化も促進された。これらは全て太陽からの生物進化促進の波動によるものであった。
個々の肉体に宿り生存体験を積む以上、この進化は億単位の年数を要することは言うまでもない。
そういう意味ではダーウィンの進化論でいう異種交配の結果できた亜種や新種や突然変異種が環境に適応して生き残っていった事は間違いではない。
しかし、翼を持ったカバや長い牙を持ったコアラや首の長いシマウマなど「やりたい放題の何でもあり」状態にならないのは、生物の形態、基本能力が親星から発せられる波動により規定されているためである。波動にないモデルは具現化しないのである。
羽の生えたカバが波動設計されていなければ、そのようなカバは存在しないことになるのである。
ダーウィンの過ちは、生物進化は機械論的に偶然の突然変異を繰り返し、偶然に偶然が重なって偶然現在に至るとした唯物論にある。偶然とは「谷底に向かって石を投げ落とし続けたら、いつしか谷底に超精密な建築技術を凌駕するようなピラミッドが出来上がっていた」ようなものである。
さて、こうして人類の登場へと繋がるのであるが、これは飽くまで地球惑星で発生した未開人類の話である。
現存地球人類の構成はこの未開人類から進化してきたものと、「そうでないもの」が存在する。即ち他の惑星からの入植者の子孫・末裔なのである。
太陽系の中でも地球惑星は安定期に入るのが非常に遅れてしまった。
惑星は本来2つの衛星を従えるのが、その質量の均衡上もっとも好条件なのであるが、地球はその生成期において、大きな衛星が一つしかできなかったため、衛星の質量が大きく、均衡不安定となったのであった。
これが2つの衛星であったなら、第二、第四惑星とほぼ同時期に安定期に入れたはずであった。
しかし、これは宇宙暦で更に更にマクロ的視座から思慮する時、地球惑星が安定期に入るのを「態々(わざわざ)」大幅に遅らせたことには大きな意味があるが、これをここで語るのは時期尚早である。
ただ一言「宇宙一切偶然はない」に留めておく。
宇宙に存在する全ての生命の進化を一般化すれば次のようになる。
一なる叡智者により発せられた大想念が物質化し様々な島宇宙を形成する。
太陽系が属する銀河系もこの島宇宙の一つである。その島宇宙を構成する系(例:太陽系)の各々の惑星(地球)とその衛星(月)の地殻が固まりつつあると、その系の中心である親星(太陽)から発せられる生命発生のための波動が盛んに送られて、各惑星・衛星には有機体から生物が次々に発生する。
【どの惑星・衛星であれ、植物がまず始めに誕生する。植物の役割は各惑星・衛星を自ら移動活動できる動物を発生させる下準備と発生以降の動物を育む事にあるのである。
したがって、各惑星がいかなる地殻変動を経由しても、タネの形で生き残り、必ず復活するように仕組まれているのである。
動物はその個体が一たび死ねば同じ個体が生き返ることはなく、生殖によってしか種の保存ができないが、タネという形で幾千年後までも発芽の可能性を維持しつづけ、条件が揃えば復活するという、言わば「命の保存」ができるのが植物であることを慮れば、植物の存在意義が動物の発生、生育、進化の為に用意されたものであると理解できよう。
動物とはまったくその進化系を異にする奉仕的存在なのである。
よって、動物のように脳を持たず、痛覚を持たず、地に根を張り、逃げることなく、親星の波動を受けて自らを滋養し、水を必要とすると同時にその地殻に根を張り、地殻に水を保持する役割を果すなど奉仕する存在として宇宙進化、物質である生物進化、実質である生命進化の中でその役割を果たしているのである。
人類のように自我の発達はないため個々の魂があるわけでなく、動物達のような類魂でもない。
植物の形質としての進化は親星からの波動の規制範囲内で行なわれるが、人間を含む動物の魂のように個々の魂が進化向上し続ける存在ではない。
現象界における形質の進化はあるが、魂の進化はないということである。
植物は個々の魂を有するというより、植物全体を括る一つの大きな「精」のようなものと考えると概念的に近い。
地球上の言葉でこれを説明するのは大変困難であるが何とかまとめると、『植物とは動物への奉仕の為に用意された存在であるが、この植物には自我意識というようなものはなく、個々の人間や個々の動物にある個々の魂というような存在ではない。植物一つ一つに対応して個々の魂があるのではなく、植物一切を束ねる潜象界の意識形態の一つである「精」は惑星全体の環境維持や動物の進化・向上に貢献・奉仕することで、これを喜びとしている。』と表現すれば通じるであろうか。
しかし、この植物の、物言わぬ静かにして大いなる活躍も親星からの生命発生の波動あっての事である。日月神示にもこうある。
『四つ足を食ってはならん。
共食いとなるぞ。
草木から動物生まれると申してあろう。
神民の食物は五穀野菜の類であるぞ」と。】
生物が次々に発生すると当然の如く、波動により定められた通り、人類の発生へと繋がる。地球初の未開人類の発生である。
これらは地球の考古学生物学でも猿から類人猿へ、類人猿から原人へと進化した痕跡が化石として多数発見されているのは周知の通りである。
しかし、現存地球人類は地球で発生した未開人類が進化した者だけで構成されているのではない。
ミッシングリンクが示すように、現生人類までの進化の道程は一直線に繋がっているのではないのである。
過去の記事でも僅かに触れたように、現存地球文明の前には少なくとも4つの時期4つの大文明が存在し、文明発生と崩壊を繰り返してきた。
伝説のミウ大陸(ミューもしくはムー大陸ともいう)やアトランティス大陸とそれらの文明の崩壊もこの内である。
一部はオーパーツとしてその崩壊をかすかに今に伝える遺物として現代に残されている。
では、本稿冒頭の五千万年前の地球に舞台を戻そう。
地殻が安定するのが太陽系の他の惑星より遅れた地球惑星に初めて人類が「降り立った」のは五千万年前であった。往時まだ地球で発生した人類は存在してはいなかった。
他の寿命を迎えた島宇宙からこの島宇宙(銀河系)へと往時盛んに優良惑星人らが居住可能な惑星を探査して、この太陽系にも訪れていた。
これは宇宙間の優良惑星では極めて普通のことであり、一惑星の中に閉じこもってこれを全世界だとしているのは不良惑星人である。当時の地球の気候は温暖であり、植物も既に被子植物が現れて久しく、果実類も芳香を放ち楽園のようであった。地殻変動も一巡し安定期に入ったように思われたが、一優良惑星人が棲息し始めて約百年後、地殻に不安定な諸条件を発見して、他の惑星に入植した別のグループと行動を共にすることとし、一旦地球を後にした。
これが地球に残された人類初の足跡である。
それから更に1千万年の時を経て、地球では哺乳類の進化上の分化も進み、地球初の未開人類も既に発生していた。(勿論この未開人類は、現存地球人類がその学問上知り得る未開人類ではない。)
期を同じくして、宇宙間の、特に優良惑星としては歴史の浅い惑星では、本稿冒頭に述べたような「不良惑星当時の想念を抱き始める不心得者」が現れることがあり、各優良惑星ではこのことを大変憂慮していた。
十二の優良惑星の長老等代表者の合議により、これらの者をそれぞれの優良惑星から若き未開の星、地球に移住させたのである。
優良惑星人が未開の惑星に入植し、その惑星の未開人類の守護、進化を援助することは、優良惑星人の使命、奉仕の一つであるが、地球の未開人類も例外なく優良惑星人の庇護を多大に受けていた。地球に現存する洞窟に異形の「神」の姿を描いた壁画は、当時の未開人類が彼らを援助する優良惑星人を神とも崇めた史実を物語るものである。
これらの優良惑星人は、この地球未開惑星人の観察と保護の為、地球に頻繁に来訪するため、それを兼ねてこれら不心得なる厄介者を同じ地球にて管理監督し、自活させる事に決定したのであった。
これらの優良惑星人不適格者らには、工業手段など一切与えず出発させ、少人数の共同生活を通じて、奉仕する喜び、他が為の労働の喜び、協調心や生かしある波動とその現象である万物への感謝の意義とその重要性を再び悟らせようとしたのである。厄介者とはいえ優良惑星レベルの不適格者である故に、母星長老らの意図を確りと受止め、母星で習得した技術を持って稔りの多い生活を営むようになっていった。いずれは地球発生の未開人類の兄姉として援護する働きを期待されていたのである。
しかし、不良惑星時代の否定的想念を内心から追放して無の心になる修行を怠っている内に、数百年が経過し、再び慢心し、我欲を露わにする者が現れてきた。
ここかしこに出来ていた少人数単位の村落は合併して巨大化し、国家の原型を作り、その集団同士で土地の所有を巡り争奪戦が展開されるようにまでなってしまった。
火種は『最も文明の高い惑星、遊星から来たのは我が種族である。』と自他を分離して優劣を競うたわいもないことからであった。
これは現存地球人類の世界でも見かける民族間の分離・対立の様相と同じである。
こうして、数にものを言わせた集団は武装し、軍隊を持ち、国家社会を形成して繁栄し始めた。
力による階級が発生し、その力を集約する方法として貨幣経済が始動し、徳や愛念による役割分担ではなく、貨幣始め財の所有による支配・被支配が生まれたのである。
王族や貴族が現れたのもこの頃である。
挙句の果てには本来保護・援助すべき対象である地球発生の未開人類を捕らえては奴隷として酷使する始末であった。
この模様は現在の地球の神話にも登場することがある。日本では神代を語る古史・古伝や古事記、日本書紀にも「国津神」として登場するのである。(古事記や日本書紀にも重大な改竄(かいざん)があり、現在事実であったと思われる内容が事実ではなく、事実でないとされる部分が実は真相であったりする。)これに対し「天津神」とされるのが、これら優良惑星から所払いとなった厄介者たちに輪をかけて傲慢となったその子孫(国津神)の慢心と我欲を諌(いさ)めるため幾度となく地球を訪れていた優良惑星人であった。また、地球を訪れる手段は勿論『天の浮舟(アメノウキフネ)』であった。
しかし、権力を手中に収め、地球地上に不徳の文明を築いて根を張った厄介者の子孫は一向に優良惑星人の諌めの言葉も、神々の御箴言(しんげん:戒めとなる短い句)も聞き入れず、驕り高ぶる姿勢は頂点に達していた。
地球に降ろされた当時はまだ精神感応力も残存していたが、時代が下ったこの頃には優良惑星人の基礎的能力である精神感応力も完全に失っていた。
それに比例するかのように言語も発達して行かざるを得なかった。
この地球各地に築き上げられた不徳の文明群は、現存地球人の文明とは工業技術や社会システムの表層は異なってはいても、その本質においては何ら変わることはなく、その荒廃した精神文明の様子は正に現存地球人類の想念の在り方と酷似していた。即ち人類同士、又人類と動物においても、弱者を踏みにじって一部の権力者が富裕層となり肥え太り、階級制度も激しく、環境破壊も一段と進み、弱者はより弱者を求めて搾取し、唯物科学をもって都邑を築き、己の目先の利害得失に汲々としながら、向かう先も判らず、人生を迷い、迷うが故に刹那に生き、万民是我欲の権化と成り果てていた。この弱者蹂躙の一大迷妄文明がどうして優良惑星へと向かう進化の流れ、即ち天則に適うことがあろうか。
過去の想念作用(1)と(2)で述べたように、この不徳の文明はいよいよ業想念の一大崩壊の時を迎えるのであった。
この地球地上初の業想念崩壊による天変地異により、地殻が激しく変動して、この一大迷妄文明は滅び去った。地殻変動のエネルギーはそれまでに蓄積された業想念を象徴するかのように凄まじく、文明の痕跡を僅かに残すだけで大部分は地殻の深部へと崩落して行き、深く落ち込む地殻に押し出される形で海底が隆起した。
ここに一大迷妄文明とその人類(肉体)は終焉を迎えたのであった。
所謂(いわゆる)造山運動は、これ以後の緩やかな地殻変動によるもので、当時から現在まで陥没を免れた山脈上部には当時海底に生息した魚介類の化石が今でも実によく発見されている。
初めて地球霊界に地獄界といわれる次元が生じたのはこの時であった。
地球霊界の初発は極めて単純なもので、物質界へと転生する方法として、また転生条件判定の一時保留所としての役割であった。先の国家社会をこの物質界で形成し始めた頃から、その人類精神構造の複雑性を反映して今日の原型とも言うべき上下段階等複雑な霊界を形成し始めた。(勿論霊位の高いものが高い霊界〔とはいっても不良惑星の中での高低である〕に住していくのは普遍の天則である。)遂に、この業想念崩壊と共に霊界入りした業深き魂により地獄界に相当する次元が発生することとなったのである。
そして地殻変動を免れた陸地の植物は、既述の如く徐々に生息地を拡大し、数百年後にはまた安定して人類の生息可能な条件を整え上げたのであった。この頃太陽系内外の優良惑星は、優良惑星となって歴史の浅い星々が未だ多く、時として我と欲心を捨てきれない優良惑星不適格の著しい者達が現れ、またも地球に降ろされて、小集団の村落が形成されるようになり、そして、またも三千年から五千年を経て一大文明を築くのであるが、想念制御の修行を怠り、また々々業想念の崩壊と文明の崩落を招いたのであった。こうした文明の「リセット」を繰り返しても、同じ霊界を通じて転生する以上、各時期の文明の構成員である魂は同じ集団であるため、文明が変わり、生まれ変わり、死に変わって肉体が変わろうとも、相も変わらず否定的想念制御が出来ずに現存地球文明に繋がっているのである。
化石などで発見される類人猿や原人は、現存地球文明直前の大文明が崩落・滅亡した後、植物の復活で原生林に帰した地球惑星から再び始まった進化の道程上の痕跡である。
既出のプロコンスルやアウストラロピテクスや猿の原種など現在地球上の学問で言われてる進化物語以前に既に4つの大文明が4つの時期に存在していたのである。黎明、発展、爛熟、崩壊を実に4度も繰り返しながら、宇宙間の厄介者、新たな優良惑星不適格者などを徐々に加えながら、4つの文明を時代を下りながら転生しつづけてきたのが現代文明人たちである。冒頭で述べたように、迫り来るアセンションを千載一遇のチャンスとして賭ける魂は、嘗て優良惑星から不適格者として降ろされて悠久の歴史の中で転生を繰り返した者に、時代が下り他の不良惑星からの転生してきた者、若い優良惑星で生じた不適格者などが加わって次第にその数を増しながら、ある時はミウ大陸(ムー大陸)やアトランティス大陸などに生息し、不良惑星人を「卒業」できずに迷妄文明を渡り歩いて暮らして来た者達である。現在の地球上で文明圏に棲息する地球人類の殆どがこれに属しているのである。
今回迎えようとしている業想念崩壊による一大天譴は凡そ過去の文明崩落と同じであるが、その直後に控えるアセンションが従来の地球惑星にはないことである。
本シリーズ第1回末尾に【おまけ記事(2)】として、書籍「プリズム・オブ・リラ」(リサ・ロイヤル、キース・プリースト共著)から抜粋して付記したような宇宙一大叙事詩は決して絵空事ではなく、広大無辺なる宇宙空間では至極当然の事象であることをここに改めて訴えておきたい。一惑星内の不徳の唯物文明に自らを閉ざし、智を閉ざし、大愛の波動から心を閉ざしていてはいけない。同書には勿論、真実とは異なる箇所も散見されるが、地球という一惑星に自らの思いを閉じ込め、現存文明を人類進化の当然の帰結であるとする狭隘な迷妄を払拭する一助として、同書により想像力豊かに大宇宙文明に思いを馳せてみることに価値はある。読者諸兄におかれては、将(まさ)に崩壊しようとする文明に対し、気の遠くなるような歴史を通じて働きかけ、滅亡の淵から一人でも多く同朋を救い出そうと啓蒙し、愛念を送り、尽力する優良惑星人の確かな存在を感じ取って頂きたい。業想念崩壊による一大天譴は地球惑星人自ら蒔いた種である故、如何に優良惑星人が擬態しながら地球人類の中に紛れ込み尽力しようと、その業想念を帳消しすることによる文明崩壊を免除することは出来ない。地球惑星人を救うのは地球惑星人自らの想念でしかない。救世主など特定の人物が現れて世を救うなどということは決してないのである。
中世にあっては山脈のこちら側に住んでいる村落の民が山脈を越えて向こう側に行くことなく、その生涯を終えることなど当たり前の話であった。が、今は中世ではないばかりか、不良惑星から優良惑星へ飛躍するという地球史上初の大きな峠を超えなければならない期に差し掛かっているのである。心を開き、この大峠を越えるには人類の、またその犠牲になる動物達の否定的想念、悪想念の制御と清浄化をせねばならない。いつまでも「山のこちら側」で心を閉ざしていてはいけないのである。
本日これまで。