第16回 『吾(われ)、吾にして既に吾に非(あら)ず』
自我・・・これほど人を人たらしめ苦悩させ、しかし、大いなる飛躍へと繋ぐ試金石となるものはない。
地球惑星上でも他の不良惑星上でも、進化の段階に未開人類として位置した時に完全に発現する意識に自我意識がある。未開人類以前の進化段階においても、意識は如何なる動物にも例外なく在るが、自我意識、即ち「わたし」は未だ明確には見られない意識で、現存する動物には極めておぼろげな「わたし」の原型しかない。
(ただし、人類と共に家族の如く扱われ愛され暮らす所謂ペット、コンパニオンには明確な自我意識ではないが、それに近い「わたし」を有するものも存在する。これは人類でいう表面意識の範囲内での意識活動であるため死亡すると完全に失われてしまう意識状態である。ただし、生存時に自我に近い意識の強い活動をしたという事実そのものは単純化して記録され、これがいずれ未開人類として地上に登場する進化の過程で原体験的データとして役に立つのである。人類と物理的にも近く共に暮らし、常に家族の一員として意識され愛を注がれることで、「進化の船頭」である人類の想念波動の影響を野生動物よりも多大に受けるため擬似的自我活動をする言わば「経験のタネ」が蒔かれるのである。勿論、この不完全な自我意識の発現には、地上物質媒体として、特に脳機能的に発達した生物の肉体を必要とするのは言うまでもない。
従って、仮令人類に近く暮らそうとも爬虫類や両生類には(個体としての意識は勿論あるが)「わたし」を意識することは決してない。馬、牛、豚、犬、猫、猿など生物として高等な哺乳類、及び一部の鳥類にしかこの意識の働きは見られない。意識の働きというより脳の働きである。この脳の働きが「経験のタネ」として記録され、いつか本当の自我が発現するときの役に立つのである。また、種族として人類と共に永い時を歩んできた種は、その種の類魂に共通するデータベースとして、人類との関わりの記憶を有しているため、その内の一個体が生存時に人と共に暮らすと、その個体には「わたし」的意識が生存中は発現しやすいのである。ヘビ、トカゲ、カメやカエルなど爬虫類や両生類が「人に馴れ」て「わたし」が居るように見えるのは、本能レベルで安全を確認した事による行動様式であり、上述のような自我意識の発現ではない。)
未開人類となって初めて明確に発現する自我意識はその後、不良惑星人として進化する過程で、自我意識に立脚した個性を益々発達させていく。この個性が各人各様に花開く事は、主義主張の衝突や虚栄心、差別、優越感、劣等感、支配、被支配等ともなり、これらを元にして競争、闘争、戦争など行過ぎた愚行蛮行へと迷走もするが、反対に個性あるが故に磨き合い、気付き合いが生まれ、認め合い、許し合いを学び、最終的には大愛に気付いてその惑星人類として完全統一を学ぶ事にも相成るのである。
一方、無我という言葉がある。字面だけを見ると、自我を無くす事のように取れるため、無我とは自我を否定する事としている誤りをよく目にも耳にもする。しかし、無我とは自我を無くすことではない。自我を没却して無我となるとは自我を否定することでは決してない。自我は未開人類以降の人類進化の道程において欠くべからざる意識経験である。不要な事象は宇宙間に一切ない。自我を否定してはならないのである。
では、自我を否定せず無我に至るとは如何なることか。
その前に、言葉を整理する必要がありそうである。この無我という表現は本稿にはどうもそぐわない。シルバーバーチャンが過去の記事においても「無の心」という表現はしても、「無我」という表現を避けたかった理由もここではっきりするであろう。
世には小我と大我という表現もある。小我は表面意識的であり、感情的であり、生存競争に奔走し、物事に執着し、自己愛であり、利己的意識である。「俺が、俺が」という自己顕示欲もこの状態から齎される。大我は潜在意識的であり、理性的であり、我執を去ってこだわり無く、利他愛に満ちた許しの境地であろう。端的に言えば、前者は不良惑星人的、後者は優良惑星人的と言ってもよい。
このように小我、大我という視点で整理するとすっきりする。
世間一般に「我が強い」「我を張る」のように使用される「我」(が)や過去の記事で表現してきた我欲の我は「小我」のことである。「無の心」とは小我を打ち破って大我が発動した心の状態であり、また「無我」と呼ばれるのも「大我」のことである。
こうして小我、大我と別記すると、分離、分割する思考に慣らされた地球惑星人は小我と大我は別々のもので相対、相克するもののように捉える傾向があるが、そうではなく、ある物質が気体、液体、個体の三体にその状態を変えていても同一の物質であるが如く、小我も大我も自我の状態をいうのである。
自我は「わたし」という意識であり、小我にも大我にも、利己愛にも利他愛にも変化できる「成長するわたし自身」「分け御魂に賦与されたわたしという機能」であり、そこに善いも悪いもなく、「より小我的である自我」から「より大我的である自我」へと、その段階は無限である。また、この自我こそが「私は誰?」という問いの源泉となっているのである。動物にはない、人類ならではの問いである。仮に人類並みの知能を有する動物が存在したとしても、自我の発動を見ない限り「私とは誰なのか」という自問は起こり得ないということである。
≪へその緒はつながつているのであるから、一段奥のへそえへそえと進んで行けば、 其処に新しき広い世界、大きくひらけるのであるぞ。自分なくするのではなく高く深くするのであるぞ。 無我でないぞ。判りたか。≫
≪他を愛するは真愛ぞ。己のみ愛するのは自己愛ぞ。自己愛を排してはならん。自己愛をひろげて、大きくして真愛と合致させねばならん。そこに新しき理(ミチ)ひらけるのであるぞ。自己愛を悪魔ととくは悪魔ぞ。無き悪魔つくり、生み出すでないぞ。一段昇らねば判らん。≫
過去の記事で一貫して繰り返してきた我欲の放擲、打ち捨てる事とは、自我を小我にとどめず拡大して大我と為せということである。
小我的生き方、小我的心の状態には表裏一体となって自己欲が付いて回る。我と欲が表裏一体である以上、上述のように「小我から大我へ拡大せよ」というなら、この「欲」に関しても同じく「拡大せよ」と言えるのである。「欲を拡大せよ」とここだけ切り取って見ると獣化せよと言っているようだがそうではない。
ここにシルバーバーチャンが畏友に宛てて記した文章がある。以下はその抜粋である。(文体もそのまま転記)
『欲に対して「足るを知る」を基準にするのもよいでしょう。ただし、どこを境界線にして足りたと知るのか不明瞭です。人によって基準は異なります。また、自分の中ですら、長期的には精神的成長、短期的にはその日の気分や体調までも関わってきて基準は変化します。
足るを知る基準を厳しくすればよいというものでもありません。エスカレートして宗教の戒律のようになってしまいがちですし、それを自分が楽々クリアできると、その基準をついつい人に押し付けてしまっているなんて事にもなりかねません。
(中略)
でも、難しく考えないで、出来るだけ多くの人にとって役に立つ方向性を見失わずに出来る範囲で出来ることをすればいいのです。あなたが愛を与える範囲が家族から地域、地域から地方、地方から国、国から世界、世界から宇宙へと広がり、あなたが愛を与える対象が人から動物までも、動物から植物までも、植物から環境までもと広がればその愛はより普遍的なものへと変容して行くでしょう。この愛を実現しようとする欲求は欲には違いありませんが、決して非難される欲ではありません。むしろ賞賛に値するでしょう。賞賛に値する欲なら、いっそ大きな欲を持ってはいかがでしょうか。ただし、大きな欲には大きな愛が必要ですから、自分にそれだけ普遍的な愛がまだ成長していないなら、大きな欲は望めないのは自明の理です。身の丈にあった欲でいいのではないでしょうか。
一番いけないのが、功罪に振り回されすぎて、こっちを立てればあっちが立たず・・と頭の中だけで考え続けて哲学の森に迷い込み、結局何もしない事です。また、この「欲」はいけないことじゃないのか、と悩んで宗教の戒律のように悶々とすることです。宗教的な戒律は「こんなことをしたら地獄に落ちる」(?)みたいな強迫観念で、結局それは自分が地獄に落ちたくないから・・という自分の事しか考えていないエゴですよ。
まあ、自分と自分の家族さえよければ何でもあり、ということでなければよっぽど大丈夫でしょう。常に利他を想っての行動なのですから。欲が我欲ではなく、より大きく広い愛のある意志であればよいのではないですか。食欲や性欲や睡眠欲など生物が生きて行くうえで組み込まれた欲は、自分なりの足るを知る範囲でよいのではないですか。この範囲や度合いが自分の精神的成長で変化して行くのを自分で観察するのもまた一興じゃないですか。(笑)』
以上が、畏友が欲について自問している記事にシルバーバーチャンがお節介にもコメントをしたものである。
≪自己慾もなくてはならんが、段々浄化して行かねばならん。浄化して大き自己の慾とせよ。自分のみの慾となるから弥栄えんのぢゃ。弥栄えんもの神の御心に逆行。≫
この我と欲即ち利己愛と自己欲という状態にとどまっている限り、これがあらゆる躓(つまず)き障(さわ)りとなり、その小我と小我故の自己欲から発する想念波動に乗じて跳梁跋扈する邪神・邪霊に弄ばれて、不良惑星人はそれぞれの苦海に漂いながら、岩礁に我が身を打ち付けて深く傷つくのである。(しかし、それはその不徳を恥じて、心を正し行く学習過程でもある。この学習により小我は大我へと拡大していくのである。)
我と欲を放擲する道は、未だ小我の状態である自我を大我へと拡大する事であり、自我を無くしてしまおうと無理な挑戦をする事ではないのである。人類の意識進化の段階としてある自我意識を無きものとせよと囁くのは、自我の消滅を恰(あたか)も修行や悟りへの道であると錯覚させ、消滅し得ない自我を消滅させようと苦しめる邪神の画策である。
自我を小我から大我へと広げることこそ肝要である。即ち利己から利他への高まりであり、自己欲から大いなる全体欲への拡大である。自己の欲はあってもよいのである。だたし、そのままではいけない。事あるごとに学んで(不良惑星人の場合、その学びは往々にして何らかの苦痛体験である。)、自分より他が為の欲へと成長させよということである。他が為の欲とは、それはもはや欲でなく愛である。愛へと変容しているのである。上述の畏友へ宛てた文章で「大きな欲には大きな愛が必要」と表現した正にそのことである。
その切磋琢磨の学びの場こそ、宇宙間にそれぞれ在る不良惑星である。故に現象界で暮らす人々は個性が実に多様で、また玉石混交なのである。
石は玉の姿を見て玉になろうとし、玉に成りかけの石ほど己の不完全な姿に傷つき苦悩しながらも更に玉へと近づき、玉は石によってより一層の磨きが進む。石も無ければならないし、玉も無ければならないのである。玉も石もそれぞれにそれぞれを必要としあう同胞(はらから)なのである。石も様々、玉も様々、真相はその在り方がより小我的か、より大我的かという違いがあるだけである。
宗教のような戒律はもとより、人は己の中に何かしらの戒律を作って己を縛る。しかし、戒律で縛れるのは行動だけであり、想いは制限できまい。頭を振って想いを否定しようとも、思ってしまうものは思ってしまうのである。その想いこそが今の自分自身なのである。偽らざる自我なのである。より小我な自我かより大我な自我かである。自我は偽る事も誤魔化す事も出来ないのである。偽りも誤魔化しもできないのだからこそ、「それでよい」のである。それが自分自身のありのままの姿、自我なのである。
「善も悪も超越して正しく生きよ。」「悪を抱き参らせよ。」「善いも悪いもない自我である。」「小我から大我へ無段階。」「玉も石もそれぞれにそれぞれを必要としあう同胞(はらから)なのである。」・・皆同じことである。「玉と石」にも、「善と悪」にも、「小我と大我」にも境界線など本当はない。この玉石善悪小我大我のカクテルの海という揺り籠の中で、大愛へ向かって皆成長進化して行く、本当はただそれだけなのである。
さて、大我的在り方を、平易にして身近な一言で示した「アホとなれ」は言い得て妙である。アホになれぬが故に、永きに渡って不良惑星に幽閉され、その中で苦しい転生を繰り返してきたのである。男の沽券、女の意地、強情、損得勘定、強欲・・・アホにならねばこれらは捨てきれまい。
≪改心とはアホになることざぞ、世界中のアホ中々ぢや、中々アホになれまいがな。≫
この神示は良寛禅師の生き様を彷彿とさせる。親鸞上人と並んで無欲にして大悟に至った'良寛さん'の生き様はシルバーバーチャンの目指す、人としての在り方でもある。
一般的な良寛禅師のイメージはおおよそ次のようなものである。
『幼少の頃は大庄屋の長男で、本を読むのが大好きで、いつもぼんやり昼行燈(ひるあんどん)。里の子供らと手毬をつき、特におはじきが大好きで歳をとっても村人や子供らからからかわれ、それでもいつもにこにこして怒ることもない優しい良寛さん。学も徳も深く、それでいて純粋な童心を持ちつづけながら、自ら愚禿と称して奢(おご)ることなく、穏やかに、優しく、自然の中に埋もれるように生涯を終える無欲なる悟道の達人。』
江戸も終わりの天保の世だけに逸話も多く残されていて、これを明治の文学者・相馬御風が『大愚良寛』を著わして、良寛禅師を身近な良寛さんとして世に広く知らしめたのである。大愚にしろ愚禿にしろ、この「愚かさ」は上述の「アホとなれ」と同義の愚かさである。小我の我執を去り、大我へと至る「伸びやかな愚かさ」である。小我の小利口さ、打算、利害得失を離れた無垢の愚かさである。
良寛が優しさを向けた対象は人だけではなく、動植物にも優しかった。ある時、厠(かわや)の床から筍が生えてきて、庵の屋根につかえそうになったので、藁葺きの屋根を焼いて穴をあけて伸ばしてやろうとしたら厠を全部焼いてしまった話もその一つである。
相馬御風によって'良寛さん'のイメージは定着したが、これは飽くまで晩年良寛禅師と呼ばれた頃のことであって、そこへ至るまでの道は孤独と愁(うれ)いと苦悩の日々であったのである。あの良寛禅師も己の中に凄まじい修羅を見ていたのである。
大庄屋の長男として生まれたこの秀才は何不自由なく過ごせる暮らしを捨てて出家する。形式主義や腐敗した幕府の地方官僚、奉行所などの組織悪に大庄屋の家ともなると否が応でも巻き込まれる。そうした現実世界での権力や里の民衆に絶望し、嫁側の家のエゴにより離縁させられるという不幸な結婚を経験した長男坊良寛の出家はとりあえず現実逃避と反発だった。
ところが円通寺の国仙和尚との出会いで良寛の自己探求心は燃え上がった。この本当の出家の始まりは同時に良寛の孤独と愁いと苦悩の始まりでもあったのである。また、その孤独と愁いと苦悩こそが、救いへの糸口でもあったのである。
円通寺での良寛は相馬御風の広めたイメージとは正反対であった。その暮らしは恰も軍隊のような厳格で規則正しいものだった。その中で良寛は刻苦勉励して行を積み、持ち前の秀才を遺憾なく発揮していた。意気軒昂な模範的青年僧侶はそのまま行けば円通寺の住持となり、曹洞宗の宗門組織の中で出世街道をひた走ることも出来たはずであった。
しかし、ある時を境に良寛はその身を翻(ひるがえ)して「否定の否定」なる人生を歩みだした。何故か。
良寛が十年余りを過ごした円通寺には、仙桂(せんけい)という修行僧がいた。良寛の先輩である。良寛はこの仙桂和尚のことを詩にしている。
『仙桂(せんけい)和尚は真の道者(どうじゃ)
貌(かお)は古(こ)にして 言(げん)は朴(ぼく)なる客(かく)
三十年 国仙(こくせん)の会(え)に在り
参禅せず 読経せず
宗文(しゅうもん)の一句を道(い)わず
園菜(えんさい)を作って 大衆を供養す
当時 我 之(これ)を見れども見えず
之に遇(あ)い 之に遇うも 遇わず
吁嗟(ああ)今 之に倣(なら)わんとするも 得べからず
仙桂和尚は真の道者』
仙桂和尚の風貌は古くさく、言葉使いも素朴である。三十年も国仙和尚の下に居ながら、皆と一緒に座禅に参加することもなく読経もしない。悟道に関して議論を交わすこともせず、庭に野菜などを作って皆の食事のおかずにと農作業に専念している。まるで農夫である。当時の良寛は仙桂和尚に会っても、自分がどういう人物に相対しているのかも分からなかったが、今になって、仙桂和尚の真似をしようとしても、とても出来るものではなかった。仙桂和尚こそは何が道なのかを得心していた真の道者であるといっているのである。
秀才良寛は当時、農作業に従事するような僧としては身分の低い者に目もくれなかったに違いないが、これこそが真の行者、真に道を知る修行者であることに気付く。そこにあるのは宗門での立身や出世ではなく、ひたすらに、ただひたすらに他を利する慈悲の心であると気付いたのである。良寛は自分はとても仙桂和尚までに至らないと、それまでの自己完成を目指した刻苦勉励の日々を愕然として振り返ったであろう。
恐らくは良寛がこの仙桂和尚を理解するに至る切っ掛けとなったのは、良寛が師と仰いで止まなかった道元禅師の著わした『典座教訓』(てんぞきょうくん)にある逸話であろう。
当時修行のため宋に渡った道元は阿育王山(あいくおうざん)で厳しい修行に打ち込む日々を送っていたが、ある日、腰の曲がった老僧が陽炎ゆらめく真夏の炎天下で椎茸を干していた。老体に滝のように流れる汗を見るだけでも、容赦なく強い日差しの中の椎茸干しは過酷な作業だとわかる。これを見た道元は老僧の六十八という歳を聞いて驚き、「そんなことは若い僧にやらせればいいではないですか」と気遣うと、老僧は「他人は私ではない。」【他は是(こ)れ吾にあらず】と答えて、自分がやるから自分の修行なのであり、他人にさせれば、そこには椎茸が干せればよいという結果しかないではないかというのである。
道元が、せめてもっと涼しい日に改めてやってはどうかと提案すると、今度は「今以外にいつの日があるというか」【更にいずれの時をか待たん】と今この瞬間を生きずにいつを生きるのか、今この時の充実が大事なのだというのである。道元には返す言葉も無かったに違いない。
≪道は自分で歩めよ、御用は自分でつとめよ、人がさして呉れるのでないぞ、自分で御用するのぞ、道は自分で開くのぞ、人頼りてはならんぞ。≫
良寛は師と仰ぐ道元のこのエピソードに触れて、宗門に在りながら農夫のような低い身分に甘んじる仙桂和尚の偉大さと、その姿を通じて見える己の道を知ったはずなのである。
強者の理論が蔓延(はびこ)る世俗に反発して、出家した良寛を待っていたのは、宗門の世界にまでも蔓延った組織悪だった。良寛はこの道元禅師の『典座教訓』の生きた証人であるかのような、表向きは身分の低い、しかし真の道者である仙桂和尚によって遂に宗門を飛び出して放浪の旅に出たのだった。
仏をダシにして生活の手段とし、学を身につけ自己満足と優越感に浸る我善しの腐れ坊主の巣窟を後にしたのである。大寺院に所属しなければ僧侶ではないといわんばかりのエリート意識は、「一門に非らざん者はみな人非人たるべし」(平家にあらずんば人にあらず)とした平安末期の驕りにも、大企業の社員でなければ、金持ちでなければ、金を稼ぐ知恵者でなければ'勝ち組'にあらずと謂わんばかりの現代の拝金思想にも通じ、人々の小我どまりの自我がいつの時代にも呪ったように社会の価値観を形成してきた。
何を以って勝ち組とほざいて悦に入(い)るのか、反対に何を以って負け組などと屈辱と嫉妬に泣き濡れて恨み言をいうのか。勝って優越感に酔いしれ、負けて劣等感に打ちひしがれる。共に我執に翻弄される小我の姿である。
小我故の優越感と劣等感、小我故の傲慢と卑屈である。小我故の差別、小我故の利己欲、自己保身、我れ善し、無関心、小我故の強欲、小我故の弱者蹂躙である。
良寛はこの小我の殻を打ち破る孤独の旅に出かけたのである。
この「アホとなれ」は大我的であれと言うことであるが、これを反対に言い換えれば、いくら修行して悟りを得たいと願って刻苦勉励しても、いつも己の中心に小我的な自分が居座り、これに気付かないが故に、修行しようが、反省してみせようが、瞑想しようが、所詮、己の我執の枠を出られずに我武者羅なだけの出口なき人生歩むことになるということでもある。