(ストレスと脳幹)
本日午後1時43分、美助が尿路結石で入院している動物病院から連絡があった。
「ビスケちゃん、今日退院できますが、夕方6時半以降お迎えに来れますか?」と。
聞くと、昨日の感応どおりの状態だった。
昨夜の段階で、カテーテルを外す事は可能だったが、尿に潜血があるため、もう一日様子を見て、本日カテーテルを外す運びとなったとも。
尿、血液ともに成分が、また腎臓の値もほぼ正常化したため、まず大丈夫だとの判断に加え、精神安定剤を投与しているものの、緊張状態にある美助を早く元の環境に戻した方が総体的に良い結果となるとの先生の判断だ。
猫は犬よりも精神状態がより強く体調に影響するという。
犬も猫も人間も精神的な動物なのだ。
喜び、怒り、恐怖、緊張を感じることに変わりない。
「感情の座」と呼ばれる大脳辺縁系は人間同様犬も猫も猿も持っている。
そのうえに大脳新皮質が極めて発達した人間は、同じ怒りでも正義の怒りや損得の怒り、今現在感じる恐怖の他に将来を予測した恐怖、緊張、心配、打算など、「今」以外を思わない犬や猫などの動物と異なり、過去、未来にまで思いを馳せる。
そして、現在と過去と未来に対する思考内容を大脳新皮質から大脳辺縁系に連動させ、「時空を超えた」様々な感情を作り出す。
大脳新皮質で考えた結果を大脳辺縁系に連動させ様々な感情を作り出す。
人間は、もうそこにはない過去に対して思い出したように怒り、恨み、 まだそこにはない未来に対して心配し、恐怖したりもする。
高度に進化したと同時に、邪心も生み出してしまったようだ。
大脳新皮質・・・「知性の座」 人間になって大幅に進化させたまさに知恵をつかさどる部分 大脳辺縁系・・・「感情の座」 大脳新皮質より下の古皮質、間脳、中脳など犬・猫にもある感情をつかさどる部分
脳幹・・・・・・・・・「生命の座」 生命維持をつかさどる部分。
ここをやられると自立呼吸も出来ず、心停止する。
脳に障害を受けても脳幹だけがいきていると、自ら呼吸もするし、心臓も鼓動しつづけるため、植物状態となる。
(必殺仕事人がカンザシとかで刺すのはここの延髄という所。)
邪心は無邪気と対極を為し、往々にして悪いストレスを伴う。
大脳新皮質で感じたストレスは大脳辺縁系に瞬時に伝わり感情を惹起し、脳幹にも、意識できないが、影響を与える事になる。松果体や視床下部にもストレスは影響し、ホルモンバランスや交感神経、副交感神経のバランスを崩すなど自律神経失調を招く。
不眠、肩こり、眼精疲労、虚脱感など不定愁訴にはじまり、副次的に皮膚、髪をはじめ、循環器、呼吸器などあらゆる臓器に免疫力低下を筆頭に何らかの変異・変化が現れる。細胞レベルでこれらの変化に対応できなくなった時が症状として現れ「病気」と診断されるのだ。
現代医学では症状として現れなければ病気と診断できないが、病気は大脳新皮質で「思う」時すでにその種が蒔かれる。
大脳辺縁系でどういう感情処理をするかで、その後の様子が異なってくる。怒りとして反応するのか、気付いて感謝として反応するかで、その後、脳幹に及ぼす影響の良し悪しが決まる。
つまり、どういう考え方で物事を捉えるか、受止めるかが最終的に健康を決定付けるという事になる。
大脳新皮質を発達させた人間特有の病気惹起のプロセスだ。
大脳新皮質の発達していない動物達は外界の悪いストレスを考え方でコントロールする事が出来ない。
大脳辺縁系で外界のストレスを直接感情処理する。その後の病気のプロセスは人間と同じだ。
言い換えると人間は大脳新皮質、即ち知性の座でどういう考え方、どういう捕らえ方、どういう自己教育をするかで大概の病気をコントロールする特権も持っているといえるのだ。 「病は気から」は本当なのだ。
症状が現れた箇所をもぐらたたきのように治す対症療法ではなく、意識の持ち方で病気は癌でさえも治ることを現代医学はそろそろ認めていかなければならなくなるだろう。
シルバーバーチャンの考え方と同じ方向性で、治病を実践する病院も病院もある。
その病院の院長先生の著作の一部を紹介しよう。
意識を変えれば病気の波動が消える
意識が病気を治す
単に大脳新皮質から脳幹に向かってあたかも浸潤していくかのようなストレスとその影響で崩れるホルモンバランスや自律神経と、その後の身体の変調・病変のみならず
、「波動」にまで踏み込んだ 医師:野島政男先生の著作 シルバーバーチャンには当たり前の世界観でも、唯物思想をその底流とする西洋医学と更にその延長にある現代医学の世界で、野島医師のような思考回路は異端どころか危険視、白眼視の対象となるだろう。
確かに野島医師の『宙エネルギー』などという表現は、同じキーワードを乱用、誤用するいかがわしくインチキな輩(やから)がゴロゴロしている真の精神文明の黎明期・夜明け直前の世界だけに胡散臭く眉唾に聞こえるが、そうした表現はさておき、一読し「研究」する価値の大いにある著作だ。